球体の出現から、もう2週間が経つ。 未だ人類からの干渉を一切受け付けず、あれはただ浮かび続けている。 海岸周辺は警備隊が既に封鎖。 それでもこの“半ば観光地と化した小さな港町”には、連日多くの人が押しかけてくる。 「謎の球体に乗じて町興し、か。いったい何考えてんだ」 このクソ暑いなか殺到する人々と、通りに咲き散らかす町興しの幟(のぼり)を尻目に、パン屋の扉をくぐる。 トングをカチカチとしつこく鳴らしながら、パンを乱雑に掴み上げた。 ぐしゃりと歪んだパンも気にせず、トレーに次々と放り込んでいく。 そのままレジ横まで進んだところで、ハッと足を止めた。 「おじちゃん、いつものウインナーロールは?」 苛立ちを隠せないまま、店主に声をかける。 「あぁ、アレねぇ。いったんお休みしてるんだ。球体パン開発中でね、ウインナーが入ってて」 「俺、あれが食べたくてここに来てるのに」 店主の言葉に被せるように、文句が口を突いて出た。 「いやァすまんね。でもおニイさん、いつもありがとね」 「ネットの話題、全部あれに持ってかれてるだけで嫌になるのに、町興しまでされて、うんざりしてるよ」 「いいじゃないのォ、UFO、宇宙人、ロマンがあってさァ。昔はもっと特番がやってて」 「俺はそーゆー胡散臭いのは信じてないの!」 話を遮り乱暴に会計を済ませて外に飛び出した。 あぁ、暑い暑い暑い、暑すぎる。 こんな暑い中集まって、あいつらみんなバカだ。 知らねぇインフルエンサー、有象無象の配信者、SFオタク、テレビ局、カップル、家族連れ。 どいつもこいつもあの謎の球体に向かって撮るわ、叫ぶわ、呼びかけるわ。 ──さらに。 -さらに訳わからん宗教団体まで沸く始末。 神、天使、悪魔なんとでも言えよくだらねぇ。 このまま色んな宗教団体が集まったら、主義主張が食い違って、どうせ結局てめーらで殺し合い始めるんだろ、いつもみたいに。 あまりの暑さに思わず脳内の黒い激情が渦を巻いたが、家に辿り着く頃には既に無我の境地だ。 汗だくの身体に少し寒いくらい冷えた部屋で倒れ込んでいると、静まり返った脳内に帰り道の途中ふと耳にした話がリフレインする。 「──あれ、点Pって呼ばれてるらしいぞ」 「点P?なんだっけ?なんか数学の―」 点P──そう呼ばれたあの存在に、次の言葉が浮かんだ瞬間、得体のしれない不安が胸の奥で脈を打った。